ルータイスの 成功法則 18

ルータイス 勝者のサークルより『楽観主義者』

『楽観主義者』


世の中の痛みや苦しみを感じない人びとを楽観主義者と呼ぶのでしょうか?  

 

それとも何か他の意味合いがあるのでしょうか? それでは、楽観主義について話しましょう。


現実的であるために悲観論者であると言われてしまう人をご存知でしょうか。

 

世の中には殺人や強姦、戦争、飢餓や差別などがあるため、楽観的な見方をすることは愚かであると感じているようです。

 

 

この世で何の痛みも偏見もなくして生きることは愚かであると思います。 

 

昨今、中東・東南アジアをはじめ世界中で悲劇が起きています。ここに世界の楽観主義者が生命を災難から救えなかったいくつかの事例を少し回顧してみましょう。

 


聖パウロはローマに軟禁され死刑執行を待っているあいだ、フィリピ人*1 への手紙*2の中で彼らに神の栄光があるようにと書き留めています。

 


第二次世界大戦中、強制収容所で2年間を過ごしたヴィクトール・フランクル博士は、生き残った者は肉体的に強い者ではなく、むしろ終始一貫恐怖と死の最中にあって、確固とした、生きる理由を見出した者であったと語っています。

 


ですから、楽観主義とは私たちが生きていく上で視野を広くする一つの手段だと思ってください。 

つまり、目的と夢を持って生きることを可能にしてくれる手段であり、周囲の状況は関係ないということです。

 

 あなたがその方法を取り入れれば、年々少しずつ聖パウルやフランクル博士や他の多くの人々と同じように、変化と希望をもち、本当に素晴らしい人生を送れるようになるでしょう。

 


*1(聖パウロは当時ローマ帝国の植民地であった小アジアのマケドニアのフィリピで宣教活動を行っていた。その反響・交流は福音宣教の苦しみの中でパウロにとって喜び・霊感の源、そして強い心の支えとなった)
 
ルータイス